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くらしに人文知

座標を広げる、座標が分かる  

Vol.013
2025.03.18
横山 晶子
国立国語研究所

2024年7月25日に、人文知コミュニケーターで「異分野間の協働に向けてコミュニケーションを取る」実践を行いました。

これは、異分野の研究者が交流し、共同研究やプロジェクトを立ち上げることを目的とした試みです。多様なバックグラウンドを持つ研究者がコミュニケーションを深める場を創出し、学際研究の立ち上げ方を模索する取り組みの一環となっています。

当日の参加者は以下の5名です:
アルト・ヨアヒム(国立歴史民俗博物館)
河田 翔子(国文学研究資料館)
横山 晶子(国立国語研究所)
駒居 幸(国際日本文化研究センター)
澤崎 賢一(総合地球環境学研究所)
大場 豪(人間文化研究機構)

人文知コミュニケーターは、月に一度の研究会や研修での自己紹介を通じて、お互いの研究内容や関心についてある程度の予備知識を持っています。

そのうえで、事前に「コミュニケーター間で共同研究を行うとしたら、どのようなテーマを提案できるか?」(全員を含める必要はない)という問いに対し、一人あたり3~4案を提出してから議論に臨みました。

当日は、以下の流れで進行しました。
① 各自が準備したプランを発表する。
② 全員のプランを聞いたうえで、自分が実際に取り組めそうなプランについて話す。
③ 全体討論を行う。


座標を広げる、座標が分かる

今回の取り組みを通じて、私が得たことは「座標を広げること」、そして「座標軸上で自分の位置を知ること」でした。


「座標を広げること」について

分野の異なる研究者と直接対話することで、自分では思いつかない視点や切り口に触れる機会が生まれます。それは、必ずしも革新的なアイデアの創出というより、むしろ次のような違和感を伴う気づきのほうが、新しくて面白いのではないかと感じました。

•   「それって研究になるの?」
•   「そんなことを言ってもいいんだ!」

こうした違和感は、従来の枠組みを越えるきっかけとなり、研究の可能性を広げる重要な要素だと考えています。

今回、特に印象に残ったのは、総合地球環境学研究所の澤崎さんの発言でした。

「研究になるかわからないけれど、何か言葉を使って空間を作ってみたい」
「仮想空間をつくってみたい」

この言葉を聞いたとき、
「私は共同研究のプランを考えるときに、この発想には至らない……!」
「まったく異なる視点から物事を見ているんだなぁ」
と強く感じました。

そして、その瞬間、自分の発想の可動域が一気に広がるような感覚を覚えました。


「座標軸上の自分の位置づけを知る」について

これは、国際日本文化研究センターの駒居さんが途中でおっしゃった「コミュニケーターの中には、フィールド系と文学表象系の人がいる」という発言と深く関係しています。

私自身、大学院時代にアメリカへ留学した際、発表会で「文学・歴史学系」のグループに分類されることも、「社会学・人類学系」のグループに入れられることもありました。そのとき、「なるほど、言語学はその中間的な位置にあるのだな」と実感したことを思い出しました。

今回の発表では、古典籍の研究を行っている国文学研究資料館の河田さんの研究に対し、私は最初「どのように共同研究を組めばいいのか?」と戸惑いを感じました。

一方で、河田さんは逆に「私(=横山)の研究が一番近い」と感じていたことが分かり、その認識のズレが自分の中で強く印象に残りました。

確かに、古典文学の研究と言語の研究は、どちらも「ことば」を対象にしているため、学問的には近い分野と言えます。私自身も、論文のテーマとしては文法研究を基軸としているので、その視点から見れば、河田さんの研究との親和性は自然なことなのでしょう。

しかし、ここ数年、実践の場では「危機言語の継承」など、実社会と関わる活動に重点を置いてきました。そのため、社会学や人類学の分野の方が身近に感じられることが多くなっていました。今回の議論を通じて、自分は「言葉」という対象に対し、社会的なアプローチを中心に取り組んでいるのだということを、改めて自覚しました。

これは、他者の視点から自分の研究を捉えてもらい、その捉え方を聞くことは、自分自身の研究の位置づけを見つめ直す機会になるということだと思います。

そして、その過程で感じたことを振り返ることで、自分がどの座標上にいるのかを改めて自覚できるのではないでしょうか。


共同研究は生まれるのか?

では、肝心の共同プロジェクトは生まれるのでしょうか?

今回のセッションだけで、新たな共同研究がすぐに本格始動するような展開はありませんでした。しかし、いくつか実現可能なプランが見つかりました。

その一つが、河田さんとの「古典籍と島の口承文学の比較」に関する研究です。島々には、古い昔話が口承で伝えられていることがありますが、それがどのような説話の系譜に属するのかを明らかにするには、説話研究の知識が必要です。一方で、説話を基にどのような口承文芸が派生していったのかは、文献研究だけでは把握しきれません。

このように、口承文学と古典籍の研究は相互に補完し合う関係にあり、それぞれの専門性を生かした共同研究として十分に実現可能だと感じました。

2つ目は、「異分野間のコミュニケーションの場づくり」自体を探求するという、澤崎さんのアイデアです。この試みは、すでに筑波大学での講義でも実践されています。また、今回のディスカッションをきっかけに、「災害・危機」というトピックが浮上しました(駒居さんの提案)。これを受け、2025年にネパールで開催される AAS(Association for Asian Studies) にて、共同発表を行うことが決まりました(工藤さん(国立民族学博物館)主導)。実際に最も具体的に動いているのはこのプロジェクトであり、出てきたアイデアが参加者の誰かに響いたことで、自然と進み始めたのだと思います。

3つ目は、「ことばを使って何か空間を作る」という発想です。これは、個人的には「ことばの展示企画」へとつながりました。今年は、所属先である国立国語研究所の NINJALフォーラム にて、小規模な展示 「方言オノマトペの世界展」 を企画していますが、「ことば」に関するまったく異なる要素を集めたイベントを開くのも面白いのではないかと感じました。

すぐに具体的な形になるかはわかりませんが、頭の中にひとつの種が生まれたような感覚があります。


総じて、今回の企画を通じて、次のような効果があると感じました。
① 実現するかは別として、まずは多様な可能性が生まれること。
② その中のアイデアが誰かの心に響けば、実際に動き出すこと。
③ 対話の中で生まれる共感やズレ、違和感を通じて、自分の立ち位置を改めて認識できること。

このように、単なるアイデア出しにとどまらず、研究者同士の視点を広げ、実際の共同研究へとつながる可能性を持つ試みだったと思います。

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