人文知コミュニケーターにインタビュー! 河田 翔子さん

人文知コミュニケーターに就任された、国文学研究資料館 河田 翔子(かわた しょうこ)さんにインタビューしました。
・国文学と、その中でも中世説話文学との出会い
私は元々絵本が好きで、小さい頃から“物語”が好きでした。高校で古典の授業が始まると、古文がだんだんと自力で読めるようになりました。「千年前に書かれた物語が読める!」とすごく興奮し、国文学に興味を持ちました。決定的だったのは担任の先生から「受験勉強のためにも『源氏物語』のストーリーぐらい知っておきなさい」と言われ、『源氏物語』を題材にした大和和紀『あさきゆめみし』(講談社、1980~93年)という少女漫画を読んだことです。和歌が原文のまま漫画に取り入れられており、その和歌の内容と物語がリンクすることにとても感動しました。そこから、「国文学をもっと学びたい」と思うようになり、鶴見大学の日本文学科に進学しました。
学部1~2年の時は『源氏物語』をはじめとした平安時代の文学の授業ばかりを受講していました。ですが、3年の時に草双紙(注 江戸中期以降に流行した絵入り小説)の授業を受け、江戸時代の文学の面白さに魅了され、4年時にはそれを専攻しました。卒業論文では〈江戸時代以前の文学作品において「天狗」がどのような存在として登場するか〉、〈江戸時代以降の文学作品では、「天狗」はどのような存在に変化していくか〉をテーマにしました。
卒業後、就職活動の自己分析で〈自分は何をして生きていけば幸せか?〉と真剣に考えた時、一番に思い浮かんだのが卒業論文執筆時のことでした。振り返ってみると、論文執筆のために行う資料調査、あるいは翻刻作業(注 古典籍に記されたくずし字を、現代の文字に変換する作業)が、自分の性に合っていて、その時間はとても幸せだったと気がつきました。
そこで、大学院への進学を漠然と考え、指導教授にご相談しました。すると、「河田さんには江戸時代よりも中世(注 鎌倉~安土・桃山時代)の文学の方が合っているのではないか」とご助言いただき、修士課程から中世文学専攻に移った次第です。
・中世の説話研究の魅力
私の中で、学部4年の頃から一貫しているのが、〈説話がどのような人々によって作られ、語り継がれ・書き継がれてきたのか〉、〈説話がどのように変化してきたのか、それはなぜか〉という問題に対する興味です。
そもそも説話というと、『今昔物語集』(以下『今昔』)などの説話集に書かれた話を想像されるでしょうが、説話は神話・伝説等の口承・書承で伝えられてきた様々な話の総称であり、説話集に収録された話だけに限りません。『今昔』の説話と同じような話が貴族の日記や歌集の注釈書に採られることもあります。その際、それぞれの作者・編者の意志によって、説話の意味づけが変わります。例えば同じ説話を、『今昔』では仏教への帰依を促すための話として語る一方、『古今和歌集』の注釈書では和歌が詠まれた理由を説明するために語る、というような感じです。このような、享受者による説話の意味づけの変化が、私にとっての一番の魅力です。
・横書き論文に対する縦書き論文の特色
私は横書きで論文を書いたことがないのですが、漢詩・漢文は縦書きの方が引用しやすいと思います。国文学は中国文学からの影響を大きく受けているので、論文中にも漢詩や漢文を多く引用しますが、返り点は物理的に縦書き形式の方が適しています。
また、古典籍の文字列を忠実に再現することもできます。国文学の分野では、未翻刻資料(注 くずし字のままでまだ活字翻刻されていない資料)を翻刻し、公刊することがよくあります。その場合、翻刻本文だけよりも、原資料の画像を並べて載せる方が利便性が高まります。そのとき、どちらも縦書きであれば、相互に参照しやすくなります。

【図1】国文研蔵『古今和歌集』(出典:国書データベース)

【図2】河田翻刻本文
・人文知コミュニケーターを志願した経緯
募集要項の 職務内容に「シンポジウム等、社会と連携した情報発信やマスメディアを含む多様な広報媒体を活用して人間文化研究成果を発信する。」と書かれており、「国文学研究と学芸員業務が両方できる仕事だ!」と思い、1番の魅力を感じました。
私は学部時代に学芸員の資格を取りました。川崎市立日本民家園での博物館実習でボランティアの皆さんと協力し合いながら展示準備をしたり、お客様に対して簡単な展示解説をしたりして、学芸員業務に非常に興味を持ちました。博士課程時代に たばこと塩の博物館でも7年程アルバイトをし、これらの経験から資史料を保存・調査し、その研究成果を展示等を通じて一般の人に分かりやすく伝えるという学芸員の仕事が非常に重要だと実感しました。
また、これまで学会や研究会で自分の研究成果を“研究者向け”に発信する機会はありましたが、“一般の方向け”に発信する機会はあまりありませんでした。そのため、研究者にも一般の方にも研究成果を発信できる人文知コミュニケーターの職務内容に魅力を感じました。
・大学共同利用機関と大学との研究環境の違い
個人的には、大学共同利用機関は抜群に研究しやすいです。私は“『古今和歌集』の中世に成立した注釈書(以下「古今注」)に見える説話”という、ややマニアックな対象を研究しています。古今注は今知られているだけでも300を超える種類があり、所蔵先もさまざまです。従来であれば、各所蔵先に出向き、調査しなければなりませんでした。それが近年(特にコロナ禍以降)、国文学研究資料館(以下「国文研」)の 国書データベースでの画像公開が進み、古今注に限らず、全国に所蔵されるさまざまな古典籍の高精細画像がインターネット上で誰でも検索・閲覧できるようになりました。さらに国文研には国書データベース未公開の古典籍の紙焼き写真も数多く所蔵されています。当然、生の古典籍を実見しない研究は危険ですが、私にとってはどの機関にどのような古今注が蔵されているか、国書データベースと国文研の図書館で調べられるのは、とてもありがたいことでした。
そもそも大学共同利用機関とは、全国の大学や研究機関の研究者に研究の場を提供する機関です。国文研もそうした方々と共同研究を数多く行っています。所属機関の枠を超え、さまざまな研究者と交流できる点も強みかと思います。
また、教育面では「国文研でゼミを」という取り組みを行っており、大学の講義やゼミの場として国文研の活用を推進しています。国文研の図書館では、生の古典籍が見られるため、そうした機会がない学部生等にとっては大きな学びになると思います。こういった大学支援の取り組みも重要な役割だと思います。
一方、大学は研究成果やプロセスをいかに学生に知ってもらうかという“対学生”の意識がやはり強くなるように感じます。現在、私は母校の非常勤講師もさせていただいていますが、「この資料を授業でどう使おうかな」という発想になることが多いです。
・人文知コミュニケーターとしての取り組み
直近のイベントとしては、国文研の展示室で「松野文庫の贈りもの」(会期・2024年9月5日~10月22日)という展示を行いました。松野文庫は国文研元館長の松野陽一先生が寄贈された蔵書群で、歌書を中心に人情本や合巻まで含まれています。本展示は、共同研究「国文学研究資料館松野陽一文庫の基礎的研究」(研究代表者:舘野文昭埼玉大学准教授)の研究成果に基づく展示です。共同研究メンバーの力を借りてカラー図版の豊富な展示リーフレットも作成できました。
また、富山市立図書館で行われるくずし字講座を担当しました。一般の方に参加を募り、私が概説した後に、実際に参加者にくずし字を読んでもらうワークショップです。
ほかに私がやってみたいのは、私自身が大好きなくずし字の翻刻イベントです。国立歴史民俗博物館が 東京大学地震研究所・京都大学古地震研究会と共同で運営している「みんなで翻刻」というウェブサイトから着想を得ました。これはサインインすれば誰でも参加でき、各自でウェブ公開されている古典籍を翻刻していくものです。もし字が分からなければ、くずし字認識AIを使ってヒントを得たり、字が分かる人からコメントをもらえたりします。私はこの「みんなで翻刻」をすごく面白いと思っており、その対面版をやっても楽しそうだと考えています。
古典籍には文学作品以外にも、例えば数学や理科、法律や経済などに関するものもあるので、色々な専攻の方々に関心を持っていただければと思っています。
(聞き手:大場 豪 人間文化研究機構 人間文化研究創発センター研究員)
河田 翔子(かわた しょうこ)さん
国文学研究資料館 特任助教
2023年鶴見大学大学院文学研究科日本文学専攻で博士(文学)を取得。鶴見大学非常勤講師、国文学研究資料館・プロジェクト研究員(情報事業センター学術資料事業部)を経て現職。
専門は、中世説話文学。
