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vol00/<危機>の時代に
人文知コミュニケーター座談会

人文学研究者がコロナ時代にできること

  私は粂さんがおっしゃったようなことを最初にイメージしていたんですよ。噂や呪術といった具体的なテーマから、色々な研究者と対談したり、自分の研究を披露したりしながら、もっと深くて新しい視点を提示していく。でも、今回のわれわれの議論は、いつの間にかよりセンシティブな方向に流れていった。私はこれ自体も大事なことで、コロナ事態にあたっての人文学の役割というのを象徴している気がします。つまり、コロナに関しては、優雅な話ばかりではないということなんでしょうか。これはこの企画の全体的な方向性にも関わる問題で、社会的にセンシティブな問題をあえて取り上げないのは、今の社会から目を逸らすことにもなると思います。

  人文学は優雅に研究をしていて、直接社会の役に立たないという見方もあるけれども、逆に長い目で、冷静に、色々な文化現象を分析できるという利点もあると思います。堀田さんと大石さんのように民族学を研究されている方が同じような思いを抱えていたということがわかっただけでもなるほどと思えるように、同じような声をかき集めて記事にすることで、今起きている社会現象を冷静に分析できるという利点もあると思うのです。私が持っていたモヤモヤした気持ちを、他にも持っている人がいたということが、色々な人の共感と安心につながればいいなと思います。
そういう点で人文学は、歴史の積み重ねとか、色々な国で起きている文化現象を用例として並べて提示できるので、優雅というか、長い目と広い視野で分析ができる学問だというふうにみてはどうかと思いました。

  確かにそういう人文学の役割は大事だけど、ちょっと引っ掛かったのは、冷徹、冷静に分析するのが人文学なのかなというところです。人文学は日常に根差しているというか、研究対象と自分を完全に切り離して分析対象にするような学問ではないと、私の研究分野からすると思うんです。もちろん粂さんがそういう意図でおっしゃってはないと思いますけど。 そこで大事なのは、最初の企画趣旨に戻ってしまいますが、私たちは分析者であるだけでなく、この社会の一部、一人の生活者であるという視点を常に意識することだと改めて思いました。自分の経験、自分が考えたことから研究の方へ展開していく方が人間味があるし、人文学的でもあるのかなという気がします。

大石  私もテーマとしてSFの管理社会と人間関係、差別などを挙げたのですが、そんなに壮大なことは考えていません。私の想像ですけれども、研究者たちはこういう事態だからこそ自分の研究を丁寧にやることが大事だと思っている気がします。だから、私が作りたい記事の内容は、それぞれの研究者が地道に積み重ねてきた研究から、コロナの状況に関して言えること、言いたいことです。あるいは連想的な事柄でもいいかなと思っています。コロナ関連の事象に対する直接的な意見とか、主張とか、そういったことはあまり考えていなかったです。

堀田  今の大石さんの話を聞いていて、本当にそうだなと思ったんですけど、研究者はみんなある意味、謙虚ですよね。自分の専門でなかったら「コロナのことなんてわからない」となってしまうと思うんですが、「あなたが今やっている研究は何ですか」と聞いたら、意識の奥でコロナに結び付いた何かを抽出できそうな気がしますね。

ざっくばらんな話し合いの中、ここで取り上げたテーマ以外にも「お風呂とコロナ」、「人間と動物の関係」などが話題に上がりました。こうしたテーマについても発信していく予定です。また、今回の座談会を通して、研究分野や対象によって人文知コミュニケーターもそれぞれ考え方が少しずつ異なっていることが見えてきました。このような多様性を活かしたわれわれの試行錯誤を、温かく見守っていただければ幸いです。

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