11月30日(金)、大阪のビジネスパークにあるIMPホールにおいて第7回公開講演会・シンポジウム「国際開発協力へのまなざし‐実践とフィールドワーク‐」が開催されました。当日の開演前に最寄駅のJR線と地下鉄線において不慮の事故が発生したため、観客の出足がおそく一時は心配しましたが、最終的には400名近い聴衆が集まり、好評のうちに幕を閉じることができ、ほっとしました。関係者の皆さんには心からお礼を申し上げます。
今回の講演会・シンポジウムは、国立民族学博物館(通称みんぱく)の開館30周年を記念して人間文化研究機構が主催したものでした。みんぱくの研究者は世界中のいたるところで調査に従事していますが、多くの地域で貧困問題や環境問題が多発しています。これらの問題は人類が直面している解決すべき重要な課題です。みんぱくでは、2004年から松園万亀雄館長の提案で、基礎的な研究とともに文化人類学をいかに社会的に活用するかという研究に取り組んできました。そこで今回は、人間文化研究機構の一翼を担うみんぱくの研究成果の一般公開として、フェアトレードという実践に着目した国際開発協力(開発援助)をテーマとしました。
フェアトレードとは、開発途上国の生産者と先進国の消費者が、対等なパートナーシップの上に立って、コーヒー豆やバナナなどを直接取引きする貿易形態です。これは、搾取をしない交易であり、先進国の消費者が産物を継続的に購入すれば、発展途上国の人々の自立を支援することができます。一般市民が日常生活の中で参加することができる新しい開発援助の一形態であるといえます。
第1部(前半)は、アジア経済研究所の佐藤寛氏と国立民族学博物館の鈴木紀氏による講演でした。佐藤氏は、経済開発から社会開発へという援助の歴史的な変化について概説した後、社会開発重視のフェアトレードについて話をしました。さらに慈善的な援助が、途上国の人々の依存心を増大させたり、援助を受けた人と受けられなかった人の間に嫉妬や猜疑心を生み出すことがあり、必ずしも成功するものではないことを説明した上で、相手国の状況を適切に把握したうえで援助を実施することが重要であることを指摘しました。
鈴木氏は、誰でも日常的な生活の中で参加することができるフェアトレードには生産者の収入、福祉、健康を増進させる効果がある一方、消費者側には商品を購入することによって多くの友達ができる点を強調しました。そしてメキシコやドミニカ共和国のカカオの生産者の事例やエクアドルのチョコレートの生産者の事例を紹介し、最後にはフェアトレードを推進するためには私たち消費者が何をすべきかについて意見を述べました。
第2部(後半)は、新井泉(国際協力銀行)、石原聡(世界銀行)、大石芳野(写真家)、大橋正明(恵泉女学園大学)、鈴木紀(国立民族学博物館)の5氏がパネリストとして、岸上伸啓(国立民族学博物館)が座長となり、フェアトレードについてのさまざまな角度からパネルディスカッションが行なわれました。多岐にわたる意見が出されましたが、その中で私がとくに印象に残っている点をいくつか紹介したいと思います。
討論:「国際開発協力のあり方とフェアトレード」の様子
新井氏は、日本のODAにおいても発展途上国の道路や港湾を整備したり、資金援助をしたりすることによってNGOなどのフェアトレードを支援していることを紹介しました。そしてフェアトレードが効果的に機能するためには情報伝達(の技術の活用)が重要である点も指摘しました。石原氏は、フェアトレードはあくまで貿易の一形態であり、ビジネスとして継続できることが重要である点を力説しました。大石氏は、一般市民の立場からフェアトレードといっても品質がよくないと商品は購入しないし、何が「フェア」かよく分からない点をするどく指摘しました。大橋氏は、ご自身のNGO活動をもとに、フェアトレードの最終的でもっとも大事な目標は現地の人々の経済的な自立であることを強調しました。鈴木氏は、文化人類学者は現地の生産者側の社会の状況に熟知しており、フェアトレードの現地社会への影響や効果について質的な評価をすることができる点を指摘しました。フェアトレードをめぐり、このようにさまざまな意見が展開され、活発な議論がかわされました。
グローバル化が進展していく中で、国家間や地域間での経済格差が増大し続けています。このような状況の中で発展途上国の貧困撲滅に貢献するひとつのやり方としてのフェアトレードの可能性が指摘され、シンポジウムは幕を閉じました。このシンポジウムは、われわれ人文学系の研究者も開発援助に積極的に関与していこうという意思表明を発信する場ともなりました。これは10年前の文化人類学界など人文学系の研究者サークルでは考えられないことでした。
学問は現実の社会の中で営まれており、現実社会と密接に関係していることをフェアトレードに関する検討を通して実感した次第です。さらに、私は、今回の講演会・シンポジウムに参加して、文化人類学や地域研究のような人文学は、急激に変化しつつある現実世界を研究の素材として再編の途上にあり、実践と理論が結びついた新たな知や学のあり方が生み出されつつあると確信するにいたりました。
(平成20年1月31日掲載)