人文学は、人間の文化や社会を研究する学問です。人間の文化や社会は、それを取り巻く自然環境、時代背景、近隣集団との関係、集団内部の事情など、さまざまな要因によって多様に変化します。一方、空間や時間の相違にかかわらず、私たちは同じ人間です。したがって、各地の文化や社会は、多様性と同時に普遍性をもっています。この多様性や普遍性は、人間が時間をかけて諸要因に対応してきた結果、生み出されたものであって、そこには人間の英知が凝縮されています。ただし、凝縮されているのは英知だけではありません。戦争、差別、自然破壊といった人間の負の部分も文化や社会には含まれています。これら負の部分も含めて、人間の文化・社会の全体を研究するのが人文学です。
文化や社会に正しい在り方や唯一の正解はありません。どの文化や社会も、それぞれの在り方自体に価値があります。人文学研究も唯一の正解を追究しようとはしません。人文学研究が目指しているのは、多様性や普遍性がどのようにして生じたのか、表面からは見えない文化・社会の構造、あるいは現代からは見えない過去の文化・社会の構造がどのようなものであるかを探求し、それを通じて相互理解や共感を育むことです。
研究成果の公表も英語のような一つの言語ではなく、多様な言語でなされるべきです。特に、地域の文化や社会に関する研究は、その地域の言語で表現するのが最も適しています。もちろん、研究成果が広く共有されるためには英語での発信が有効です。しかし、英語での発信の方が優れているということは決してありません。むしろ、その地域の言語による発信の方が高い質を保つ場合があります。
研究成果だけでなく、文化・社会のデータも多様な言語で公開される必要があります。ただし、これまでの研究で蓄積してきた膨大なデータが、必ずしも一般の人びとにアクセスしやすい状態にはなっていなかったという点は反省しなければなりません。これまでは技術や経費等の面でデータの公開が簡単ではなかったためですが、近年はこのような状況が改善されつつあります。
大学共同利用機関の使命は、個別の大学では維持が困難な大規模な施設設備や膨大な資料・情報などを国内外の大学や研究機関などの研究者に提供し、それを通じて効果的な共同研究を実施することです。人間文化研究機構の6機関は、それぞれが所蔵する膨大な資料の公開やそれを通じた共同研究にすでに実績があります。人文学の資料の体系的公開や人間文化の多様性と普遍性に関する研究を推進することにより、人間文化のより広く深い理解を達成し、さらにそれを研究者コミュニティだけでなく、社会に還元することが、人間文化研究機構のこれからの目標です。このような研究にご理解とご協力を賜りますことを心よりお願い申し上げます。
令和4年4月
大学共同利用機関法人
人間文化研究機構
機構長 木部 暢子