No.032 - そうだ海外研究調査へ行こう - 松田睦彦准教授の場合
そうだ海外研究調査へ行こう - 松田睦彦准教授の場合
人間文化研究機構では、国際連携の推進や国際的視野を備えた研究者養成を目的に、基幹研究プロジェクトに参画する若手研究者を海外の研究機関に派遣する「若手研究者海外派遣プログラム」を実施しています。
今回は、韓国に派遣された国立歴史民俗博物館 (歴博)の松田睦彦准教授に、ご自身の研究活動や海外調査研究での印象的な出来事など、お話を伺いました。
現在の研究課題や取り組んでいるプロジェクトはどのようなものですか?
現在、歴博が国際交流協定を結んでいる韓国国立民俗博物館との共催でおこなう企画展示、「海がつなぐ日本と韓国(仮)」の準備を進めています。この企画展示は、歴博の共同研究「海の生産と信仰・儀礼をめぐる文化体系の日韓比較研究」(2015~2017年度)の成果をもとに開催するものです。
列島を形成する日本と、半島を形成する韓国。双方の文化は、それぞれの独自性を持っていますが、さまざまな共通点も見いだすことができます。この共同研究では、日韓の海をめぐる文化の相違と類似を顕在化させるとともに、その背景を明らかにすることを、日韓の研究者とともに試みました。
日韓の各地を歩いて感じ、互いに議論して考えた成果を、広く一般の皆さまと共有したいと思っています。企画展示「海がつなぐ日本と韓国(仮)」は2019年10月~2020年2月に韓国ソウルの国立民俗博物館で、2020年3月~5月に歴博で開催される予定です。
この研究分野に関心を持ったきっかけは何ですか?
歴博は10年にわたって韓国国立民俗博物館との交流事業を進めてきましたが、2015年からの5年間の事業を私が担当することになりました。この5年間では、日韓共同で企画展示を開催することがゴールとなり、展示のテーマは「日韓の海の生活文化の比較」と決まりました。そこで、その準備のために、共同研究「海の生産と信仰・儀礼をめぐる文化体系の日韓比較研究」を立ちあげました。
私はもともと韓国の研究をしていたわけではありませんが、韓国の漁業の現場や海産物利用の調査を進めると、日本との類似が多いことに気がつきました。この類似の背景には、もちろん、東アジアという文化的基盤の共有や、自然環境の類似が想定されますが、戦前における日本の漁民の、朝鮮半島への進出という歴史も重要です。漁民の移動に関心を持っていた私としては、現在の日韓の海をめぐる文化の類似を、近代の日本人漁民の朝鮮海出漁という観点から分析してみようと考えました。
今回、若手研究者海外派遣プログラムを利用して韓国に渡航した目的は何でしたか?
今回の渡航は、人間文化研究機構の基幹研究プロジェクト「地域における歴史文化研究拠点の構築」からの派遣という形で実現しました。このプロジェクトは、「地域社会に存在する多様な歴史的・文化的資源を次世代に伝えるために、必要とされる拠点のあり方とその維持の条件を明確化し、具体的な提言を行なうこと」を目的としていますが、私はそのなかで「東アジアを中心とした歴史文化資源の保存継承に関する比較研究」をおこなうことを課題としました。
具体的には、ソウル大学校社会科学大学比較文化研究所を拠点として、海と関係する技術や信仰、儀礼などの歴史的・文化的資源を対象に、韓国各地におけるそうした資源の現状と、各地域の博物館や行政機関などによる保存継承への取り組みについて調査をおこなう計画をたてました。
韓国に滞在して、最も記憶に残ったできごとは何でしたか?
忠清南道泰安郡安眠邑の黄島でおこなった旧正月の祭りの調査が印象的でした。祭りは、村の祠堂で、村が招いたムーダン(宗教者)の一行によってとりおこなわれます。ムーダンたちは神に祈りを捧げたり、神をみずからにおろして歌をうたったりしながら、一年の安寧と豊漁を祈ります。祭りは昼夜にわたって続きます。極寒のなか、供犠の牛をさばいて作ったスープや、村人の手で醸されたどぶろくで体を温めながら、ムーダンたちと一緒に踊るという経験は、とても新鮮でした。
また、小正月には全羅南道莞島郡の莞島の祭りをみました。地元の人びとが鉦や太鼓をかき鳴らしながら各家々をまわります。ここではおばあさんたちがとても元気で、お酒を飲んでは陽気に踊っていました。日本の祭りでは、女性が裏方に徹することが多いのですが、莞島では、この日ばかりは女性も解放されるようです。日本人だと言うと、酔ったおばあさんにほっぺたにキスをされたのが良い思い出です。
外国でこれから調査研究しようとしている学生や若手研究者にアドバイスをお願いします。
私の専門は韓国の研究ではなく、あくまでも日本の民俗の研究です。それでも、韓国ですごした4か月半は、私の研究にとって、とても重要な経験でした。その理由は、韓国を実地で調査研究することが、日本を調査する私の目を豊かにしてくれたからです。たとえば、日本だけを見ていたのでは、ある事象が日本特有のものなのか、それとも、より普遍性を持つものなのか判断できません。韓国での滞在を終えてから、日本での調査でさまざまな事象をみる際に、韓国でみた、似たような事象を思い出すことや、現象としては似ているのにそこにこめられた意味がまったく違うことに驚くことがたびたびあります。
民俗学にかぎらず、他の分野においても、比較の素材が多いほど研究の幅は広がるはずです。今取り組んでいる研究に、すぐに、直接的な成果をもたらす調査のためだけではなく、みずからの研究の幅を広げ、奥行きをもたせるためにも、積極的な海外渡航をおすすめします。
国立歴史民俗博物館 松田睦彦准教授
早稲田大学第一文学部で近代文学を専攻したのち、民俗学を学ぶために成城大学大学院へ進学。博士(文学)。単著に『人の移動の民俗学―タビ〈旅〉から見る生業と故郷』(慶友社 2010年)、共編著に『柳田國男と考古学―なぜ柳田は考古資料を収集したのか』(新泉社 2016年)などがある。