No.036 - そうだ海外研究調査へ行こう - 相島葉月准教授の場合

そうだ海外研究調査へ行こう - 相島葉月准教授の場合

人間文化研究機構では、国際連携の推進や国際的視野を備えた研究者養成を目的に、基幹研究プロジェクトに参画する若手研究者を海外の研究機関に派遣する「若手研究者海外派遣プログラム」を実施しています。

今回は、イギリスに派遣された国立民族学博物館(民博)の相島葉月准教授に、ご自身の研究活動や海外調査研究での印象的な出来事など、お話を伺いました。

 

現在の研究課題や取り組んでいるプロジェクトはどのようなものですか?

エジプトの空手家コミュニティ(競技者、指導者、父兄)を事例として、都市中流層的な美的感覚と身体文化の関係性について研究しています。近年、新自由主義経済的な政策の広がりにより、学歴や所得のみで中流層と下流層を区別することがより困難になる中、「教養」の有無を指標とする新たな「階層観」が構築されつつあります。

このような背景を踏まえて、私は、空手道の稽古を、都市中流層的な倫理観と美的感覚が実践される場として考えています。エジプトをはじめとした中東諸国において、空手道は子どものお稽古事として大変な人気を博しています。若手研究者海外派遣プログラムでは、中東からイギリスに移民したムスリム(イスラーム教徒)やその子どもたちの空手道に対する取り組みに関して民族誌的調査をおこなって、中東のグローバル化について考えてみました。

 

この研究分野に関心を持ったきっかけは何ですか?

中東との最初の出会いは、高校二年生でカナダに一年間留学した際に仲良くなった、イラン人移民の女の子でした。彼女が語るイランの思い出について聞きながら、中東やイスラームについて興味を持ちました。当時はイランで話されているペルシャ語とアラビア語の違いも知らず、友人が書くアラビア文字の美しさに魅了され、大学では第二外国語としてアラビア語を選択しました。週に1コマの講義でしたが、アラビア語に触れることで中東の歴史と文化についての関心がさらに高まり、大学三年生の夏にエジプトの首都カイロにアラビア語の語学研修に出かけました。初めての中東は全てが新鮮で、一ヶ月の滞在はあっという間に過ぎました。エジプトでは「ナイル川の水を飲んだ者は、再びエジプトに戻る」と言いますが、その後中東イスラーム研究を志すに至り、定期的にエジプトに通っています。

 

今回、若手研究者海外派遣プログラムを利用してイギリスに渡航した目的は何でしたか?

若手研究者海外派遣プログラムでイギリスに渡航した目的は、ムスリム人口が集中するマンチェスター市内の空手教室で参与観察および聞き取り調査をおこなって、中東のグローバル化について考察することでした。私が現在進めている研究では、国境を越えた人と情報の移動をグローバル化の重要な指標ととらえ、イギリスで移民として暮らすアラブ系ムスリムの美的感覚と身体文化の解明を目指しました。

マンチェスターは多言語が飛び交う、とてもコスモポリタンなイギリス第二の大都市です。マンチェスター大学空手道部は、大学のある地域がムスリム居住区「カリーマイル」から徒歩圏内にあるせいか、子供の生徒はアラブ人が特に多く、アラブ諸国出身の成人男性も数人いるため、調査地として選定しました。

 

イギリスに滞在して、最も記憶に残ったできごとは何でしたか?

マンチェスターの空手家コミュニティの調査を行う以前は、イギリス社会のマイノリティとして暮らすムスリムにとって、善き信徒でありかつ「一般市民」として暮らすことは多く困難をともなうという前提がありました。しかし、今回の調査を通じて、空手道の稽古が価値観や社会階層の違いをこえた新しい社会的なつながりを創り出していることに気づきました。

たとえば、稽古納めの後に、道場の仲間と中華料理を食べに行きました。日本で中華料理は、大皿をいくつか注文して取り分けて食べます。一方イギリスでは、各自が自分の食べたい料理を頼みます。イスラームでは豚肉や酒類などの飲食が禁止されていますが、菜食主義やアレルギー体質などさまざまな理由で食事制限のある人がいるためです。同じものを食べないからと言って、会食の意義が失われる訳ではありませんでした。ハラールでない食材を避けるために野菜焼きそばを頼んだムスリムたちが、稽古仲間と歓談する様子が印象的でした。

 

外国でこれから調査研究しようとしている学生や若手研究者にアドバイスをお願いします。

イスラームの預言者ムハンマドは、「知識を求めよ。果ては中国までも。」と弟子に諭したとされています。善き信徒として生きるために学びは不可欠であるという意味で、現代のムスリムが頻繁に引用する一文です。ムハンマドが生きた七世紀のアラビア半島と比べ、21世紀の日本に暮らす私たちはグローバルなモノや情報の流通をあたりまえと捉えています。グローバル化が進む今日においても、メディアを介して得られる外国の情報と、実際に外国に暮らす中で得られる知識には乖離があります。

私はアラビア語と英語を学び、さまざまな国に暮らすことで、予想していなかった出会いや発見が沢山ありました。住み慣れた街を離れると色々な不都合がありますが、海外調査を実施する機会がありましたら、ぜひチャレンジしてみて下さい。

 

国立民族学博物館/総合研究大学文化科学研究科 相島葉月准教授
オクスフォード大学大学院東洋学研究科博士課程修了。マンチェスター大学人文学部講師(現代イスラーム)を経て、2016年7月より現職。専門は社会人類学、現代イスラーム思想。エジプトの空手家コミュニティを事例とした都市中流層の社会階層観やモダニティに関する研究課題を遂行中。主な著書はPublic Culture and Islam in Modern Egypt: Media, Intellectuals and Society,「現代エジプトにおける公共文化とイスラーム―メディア、知識人そして社会」 (IB Tauris, 2016)、「第3章イスラーム復興―西洋モデルに依存しないイスラーム的近代の試み」『大学生・社会人のためのイスラーム講座』小杉泰、黒田賢治、二ツ山達朗編(ナカニシヤ出版、2018、pp. 41-54)。

 

国立民族学博物館/総合研究大学文化科学研究科 相島葉月准教授

五級に昇級した際に頂いた紫帯と空手パスポート