No.066 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!神野知恵(かみの ちえ)さん

~研究者として日韓の民俗芸能の現場をつなぐ~

 

人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。

そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指す人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。

当マガジンでは、人文知コミュニケーターの人物紹介を通して、どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしております。

今回は、2021年2月に新たに人文知コミュニケーターとして、人間文化研究機構・国立民族学博物館に着任された神野知恵さんをご紹介いたします。

 


 

民族音楽学がご専門と伺いましたが、研究テーマについて教えてください。

これまで私は、主に韓国と日本をフィールドとして音楽・芸能の研究を行ってきました。学部時代の2006年に韓国へ交換留学し、梨花女子大学校のサークルで「農楽」という芸能に出会ったことがきっかけで、現在に至るまで研究対象としています。

農楽は太鼓や鉦(かね)などの打楽器を演奏しながら踊る芸能で、もともと農作業を鼓舞したり、正月などの節目に厄を祓うために村祭りで演じられたりしてきました(参考動画「韓国の旧正月の村祭り」)。一方で、農楽や仮面劇、曲芸などをレパートリーとして広範囲を渡り歩く芸能者たちも存在していました。

 

旧正月の村祭りで演じられる農楽(2013年、全羅(チョルラ)北道(プッド)高敞(コチャン)郡(グン))

 

近現代にはそうした職能芸能者たちによる農楽が公演芸術として大きく発展し、その過程でそれまで男性のみによって演じられてきたものを、若い女性が演奏する興行的な公演形態が生まれました。それが「女性農楽団」です。女性農楽団は1950年代末に全羅道(チョルラド)ではじめて結成されて全国を巡業するようになり、その後あちこちで類似団体が生まれ、1970年代に至るまで流行します。

博士論文では、その代表的な演奏者である故・羅錦秋(ナグムチュ)氏のライフヒストリー、そして彼女の演奏スタイルとその継承をテーマにしました。これまで農楽は地域文化に紐づけられて理解されてきましたが、近現代に活躍した演奏者に着目することによって、職能芸能者の超域的な活動の実態や、個々人の演奏者の音楽的趣向や技術が農楽というジャンル全体にもたらす影響などについて考えることが出来ました。この時代の大きな変化を抜きに、今現在の農楽を語ることはできないといえます。

 

故・羅錦秋(ナグムチュ)氏(左)とともに(2013年、江原(カンウォン)道(ド)春川(チュンチョン)市)

 

博士号取得以降は、家々を訪ねて演じる「門付(かどづ)け」の芸能の日韓比較を行っています(「門付け再考 家を訪ねる芸能の諸相」『月刊みんぱく』第42巻第10号、2018)。2017年からはとくに、日本の伊勢大神楽を対象に調査を行っています(「伊勢大神楽とコロナ禍の日本を歩く」『特設サイト COVID-19とフィールド・ワーカー』、アジア・アフリカ言語文化研究所、2021)。伊勢大神楽は西日本各地で現在も獅子舞と曲芸による厄祓いの巡行を続けており、その仕事で生計をたてています。韓国にもかつて伊勢大神楽のように、村々を渡り歩いて芸能を演じる職能的な芸能集団がいましたが、現在は各地にその痕跡が残るばかりです。私の科研プロジェクトでは、近現代の日本の門付け芸能の変遷を調査しながら、韓国の職能芸能者の活動と比較する試みを行っています。

 

伊勢大神楽による悪魔祓いの獅子舞(2018年、滋賀県大津市)

 

人文知コミュニケーターを目指されたのはどうしてですか?

研究者として「知」のつなぎ役になる、という役割に魅力を感じたからです。私はこれまでも、様々な立場にある人々から芸能や祭りに関する経験や知識、感覚についてじっくり話を聞き、これを社会や研究界につなげるという活動をしてきました。人文知コミュニケーターというポジションを知った時に、これはまさに自分がやりたいこと、やってきたことだと思いました。

 

例えば、これまでにどのような活動をされてきたのか教えてください。

私はパフォーミング・アーツの研究していることもあり、自分自身が芸能を演じたり、公演を制作したりすることによって研究成果をアウトプットすることを重視してきました。とくに、韓国の芸能者を日本に呼んで音楽・芸能公演の共同制作を行ったり、日本の芸能団体の韓国公演をコーディネートしたりするなど、国際交流の場に積極的に関わってきました(参考動画「日韓芸能交流公演 マツリクロッシング」、2015年)。文化的背景の異なる場所で芸能を演じるときは、ただ自分たちが持っている演目を見せるだけでは受け入れらにくいことがあります。受け手の文化を理解したうえで演出や解説、場づくりを考えることが必要だといえます。言い換えるならば、「文化の翻訳者」の存在が重要であると、強く感じてきました。そうしたときに、これまで私が研究者として現地の人々と関わる中で培ってきたネットワークやコミュニケーション方法、双方の文化的背景を知っているからこそ自然に出てくるアイディアが役に立つと感じました。また、私を含め、人文系研究者の多くは、研究対象の人々と長期的に関わることを重視しています。そうした研究者が間に入ることによって、単発で終わりがちな交流企画にも継続性が生まれるという強みがあるのではないかと思います。

 

岩手県舞川鹿子躍・東京鹿踊チームと高敞(コチャン)農楽保存会の公演にて(2018年、全羅(チョルラ)北道(プッド)高敞(コチャン)郡(グン))

 

最後に、今後の研究や人文知コミュニケーターとしての活動計画をお聞かせください。

やりたいことがたくさんあり過ぎて困っています。研究者の先輩方からはよく、テーマが散漫だとお叱りを受けることがありますが、自分のなかでは全てつながっています。それらをまとめる枠組みの設定や説得力のあるプレゼンテーションが必要ですね。

現在ひとつには、博士論文の研究出版を控えています。韓国音楽のリズムの多様性や躍動感が伝わる文章や図版の見せ方を模索しています。また直近では、8月に国立民族学博物館の「みんぱく夏休みこどもワークショップ」を担当します。在日コリアンの演奏家チェ・ジェチョルさんを迎えて、オンラインでこどもたちとダンボールの太鼓を叩く予定です。伊勢大神楽研究の方では、「みんぱく映像民族誌」の制作を行なっている最中です。昨年度、コロナ禍で撮影した映像をまとめています。また今後は、大学生と研究者、いろいろな立場の専門家をつなげるゼミナールの企画をしてみたいと考えています。コロナ禍であっても、人間味のある、活発な知の交流ができるよう、私の経験を活かした企画を行っていきたいと思います。

 

(聞き手:堀田あゆみ)

 

神野知恵(かみの ちえ)さん
人間文化研究機構総合情報発信センター研究員/人文知コミュニケーター国立民族学博物館 特任助教
2017年、東京芸術大学音楽研究科で博士(音楽学)を取得。2018年より国立民族学博物館機関研究員、2021年2月より現職。研究テーマは、日本と韓国の門付け芸能の比較。