No.067 - コロナ下での「人文知コミュニケーション」の未来

コロナ下での「人文知コミュニケーション」の未来

 

人類の暮らしに大きな変化をもたらした新型コロナウィルス(COVID-19)。その影響は、博物館、美術館における展示開催の延期・中止など、文化的な営みにまで及んでいる。この記事では、筆者が担当した企画展示が開催にいたるまでの経緯をふりかえるとともに、これからの活動で心掛けたい「人文知コミュニケーション」について考えてみたい。

 


 

国文研の人文知コミュニケーター

人文知コミュニケーターは、人間文化研究機構を構成している六つの研究拠点に一人ずつ配属されており、わたしの配属先は東京都立川市にある国文学研究資料館(略して国文研)である。人文知コミュニケーターとしての仕事は多岐にわたるが、主たる業務は古典籍の魅力をワークショップや展示を通して、社会に伝えてゆくことである。

2020年2月以前は、毎週木曜日開催のギャラリートークや、立川市西砂(にしすな)図書館主催の絵巻づくり、国文研主催のくずし字講座などを積極的に担当してきたが、新型コロナウィルスの流行とともに軒並み中止となった。

とりわけ気にかかるのは、閲覧室に隣接する展示室の現状である。年に2回の常設展と、年におよそ4回の特設コーナー(ミニ展示)を開催しており、学生や大学教員にとっては、閲覧室での調べものついでに展示室を訪れ、資料を見ながら勉強や授業をしてみる場所としても需要があった。また、地域住民のひそかな憩いの場であったようで、前述の「くずし字講座」に参加したことで、くずし字の魅力に目覚め、常設展示に通っては資料とにらめっこし解読に励む人、毎週木曜日のギャラリートークを心待ちにしてくれる人などが定期的に訪れてくれていた。

ところが、緊急事態宣言とともに展示室は閉室、解除の後は週に3日の開室となり、決められた時間枠を事前予約するシステムに変わった。一度の入室は上限5名まで。コロナでより一層客足が減ってしまった気がする。

コロナ以前の展示室でのギャラリートークの様子
(マイクを持っている人物が筆者)

 

展示企画の開催に向けて

このような状況ではあったが、わたしには以前からあたためていた展示企画があった。2020年11月4日~12月25日を会期として開催した企画展「戦国武将たちの愛した文学―幸(こう)若(わか)舞曲(ぶきょく)―」である。わたしは室町後期から江戸初期にかけて流行した語り物文芸である幸(こう)若(わか)舞曲(ぶきょく)、説経(せっきょう)、古浄瑠璃(こじょうるり)の研究を専門としているが、これらは日本文学史においてはマイナーなジャンルで、古文として教科書に採択されることもなく、一般の人にとっては未知の文学作品であろう。学生時代に初めて幸若舞曲の一作品『新曲(しんきょく)』を読んだとき、本文のテンポの良さ、登場人物たちに降りかかる難題、波乱に満ちた展開に一気に引き込まれた。教科書で読んできた古文は、平安貴族の男女が恋をし、泣き、別れるなどという王朝物、あるいは荒々しい男たちが戦う軍記物ばかりであったので、現代にも通じる人間模様が活写された語り物文芸は、とても新鮮に思えた。そこで、自分本意ではあるが、こんなに面白い古典があったなんて!と衝撃が走るような体験を多くの人にしてほしいと幸若舞曲の企画展示をもくろみ、2018年の着任当初から国文研の幸若舞曲関係の古典籍の調査を始めた。

折しも、展示室を通常の半分の規模で開室する話があり、展示リストや解説の準備にとりかかった。2019年の秋頃のことである。会期は2020年4月27日から2か月間を予定していたが延期となり、感染症の状況をみつつ、11月4日からの開催に決まった。全体を「一 はじめに」「二 幸若舞曲の流行」「三 幸若舞曲を読む」「四 幸若舞曲を描く」の四章に分け、このジャンルの成り立ちと変遷、個々の作品のあらすじをわかりやすく解説した。また、一般の人も気軽に親しめるよう絵入りの古典籍を中心に展示した(詳細については国文研ニューズ№58を参照)。

職員お手製のチラシ

 

展示を開催して

8月7日前後の第2波などがあり、一度はデジタル展示のみの開催も考えたが、夏の終わりとともに再び落ち着きを取り戻し、開催できることになった。設置こそ業者に依頼したものの、直前まで先がみえない展示であったため予算を投じづらく、国文研の企画広報係の職員の皆さんにお願いしてチラシやパネルを作成してもらった。

11月4日に開始してからしばらくは閑古鳥が鳴いていたが、ありがたいことに国文研の先生方による積極的な周知もあって、12月からは観覧予約が増え始めた。多くは知り合いの先生からの依頼で、ギャラリートークも一緒に行ってほしいというリクエストがあった。

アンケート回収率も高くなった。コロナ以前の展示室は入場無料のため職員が不在で回収率が低かったが、コロナ後の新システムでは、予約制とあってほぼすべての観覧者にアンケートをお願いすることができたためである。入退室自由の気軽さはないが、これを逆手にとって、よりよい展示室運営につなげることができるのではないかと思う。加えて、観覧者のアンケートには、予約でじっくり観覧できるのが良いという声もあった。

学生を迎えてのギャラリートーク

 

新型コロナ下での人文知コミュニケーションの模索

展示が始まって以降、感染防止という制約のため、以前の気軽な展示室の雰囲気を維持するのが難しくなった。しかし、この気軽さに代わる何かを残したいとも考え、さしあたっては自宅で展示を楽しめるコンテンツを作る必要があるのではと考え始めた。まずは、展示資料のうち、画像が国文研のデータベース(新日本古典籍総合データベース)で公開されているものは、企画展示の特設サイトに掲載した出品リストから、アクセスできるようにした。

また、ちょうど、あちこちの博物館、美術館が展示の魅力を伝えようと動画でギャラリートークを配信していた時期であったので、これらを参考に、デジタル展示を担当されている北村啓子先生の助力のもと、ギャラリートーク動画も作成した(現在最終調整中)。会期中の配信には間に合わなかったが、会期中に来館できなかった人のために、いずれはホームページで公開したいと考えている。

開催当初からすべての資料に解説を付けることができず、展示が始まってから、少しずつパネルを増やしていくという手作り感満載の展示であったが、入館者数は通常展示を上回る95名を記録、回収したアンケート29通のうち25が満足と回答。感染拡大で中止になることもなく、結果的に最終日まで無事開催できた。とはいえ、Twitterでの見どころ発信など、もっとやりたかったこともいくつかある。

一番の後悔は図録を作成、刊行できなかったことである。もちろんアンケートの「意見・感想」欄にも大変残念であったとして「展示図録がなかったこと。自宅でじっくり図録を再び確認するのが楽しみでした(スマホ、iPadを持たない人にはお気の毒では)」「図録があれば、さらに良かったと思いました」と指摘があった。一人での準備には限界があり、この点は今後機会があれば、ぜひ刊行したいと考えている。

アンケートには、「普段、あまり無いテーマでしたので、開催いただいたこと自体が良かった」「幸若舞曲について全く知りませんでしたので、とても勉強になりました」など、「幸若舞曲」という珍しいテーマに肯定的なコメントが寄せられ、このような状況ではあったが、開催してよかったと思った。

 

これからの人文知コミュニケーション

新型コロナの流行で、従来とは違ったかたちでの開催となったが、これまでの対面に縛られてきた人文知コミュニケーションを問い直す良い機会となった。対面、非対面にかかわらず、コミュニケーションのやり方は様々あるし、そのチャンスも色々なところに転がっている。対面のギャラリートークだけがコミュニケーションではないし、非対面のTwitterなどのSNSを通じてできることもある。展示の仕方に工夫をすれば、一人で見ても楽しめるものになる。そもそも博物館や美術館が知識を身に着けるための場であると決めつけること自体が、間違いなのかもしれない。

博物館、美術館の展示の楽しみ方は人それぞれで、展示は見ず、ミュージアムショップでお土産だけ買う人、併設のカフェでくつろぐ人など様々であろう。建物自体に入館規制がかけられて、気軽に出入りできる展示室ではなくなってしまったが、オンラインコンテンツや、動画配信などで古典のおもしろさを発信し、ちょっとした憩いの場のような元の展示室を取り戻せないかと画策している。

年中行事にまつわる古典籍を紹介するTwitter連載「今月の一冊」

 

 

文:人文知コミュニケーター 粂 汐里(人間文化研究機構 国文学研究資料館)