No.068 - 第39回 人文機構シンポジウム「江戸時代の台風コース復元と都市災害- 気候学・考古学・文献史学の協同-」
第39回 人文機構シンポジウム「江戸時代の台風コース復元と都市災害-気候学・考古学・文献史学の協同-」
令和3年10月9日に、第39回人文機構シンポジウムがコモレ四谷タワーの会議室において開催されました。当日は会場出席とともにライブ配信により、多くの方々にご視聴いただきました。本シンポジウムでは、国文学研究資料館の渡辺浩一教授が2016年より主催する、「江戸時代における気候モデル」を課題とする、異分野の研究者との共同研究の成果の一端が紹介されました。
当日は人間文化研究機構の機構長・平川南の挨拶についで、まず渡辺氏によるシンポジウムの主旨説明がなされ、石神裕之氏(京都芸術大学教授)・平野淳平氏(帝京大学准教授)と渡辺氏による講演が行われました。次に、日高真吾氏(国立民族学博物館教授)の司会のもとで、講演者三氏とのパネルディスカッションが行われ、会場から、またオンラインで多くの質問・意見が寄せられ、盛会のうちに閉会しました。三氏による講演、パネルディスカッションの概要を掲げます。
シンポジウムの様子(コモレ四谷タワー会議室)
1 石神裕之氏「発掘からわかる江戸の自然改造と都市空間」
徳川家康の入部より江戸の地形は様々に土地改造の手が加えられ、江戸東部の低湿地に開発の手が及んだ結果、自ずから災害都市の要因が生まれることになりました。明暦の大火後に急速に進んだ隅田川東岸の開発で、低湿地の埋立によって必然的に液状化が起きる、脆弱な地形が広がることになりました。そこで災害に大きく関わりをもつ江戸の地形・地質を、考古学の調査により復元するための試みが続けられています。たとえば環状2号線の工事に際して実施された西新橋の発掘調査では、古代・中世の自然堆積層の上に、盛土・整地による人為堆積層が確認されました。また江戸湾の沿岸には、荒川・湾の水位を意識した石垣・土手の造成が行われ、高潮などの災害から土地を守るための試みがなされており、ここには江戸の災害対策の一面がうかがえます。
石神 裕之 氏(京都芸術大学教授)
2 平野淳平氏「歴史気候資料による台風経路の復元」
公式に気象観測が開始されてから未だ150年に過ぎず、歴史気象学はその期間の気象データに依拠して研究を進めてきましたが、これに加えて江戸時代以前の日記・暦や年輪等も重要な研究情報として活用されるようになりました。日記にはおおむね天候や風向など気候に関わる記述があり、これらを活用することにより様々な自然現象を復元することが可能となります。本報告では、『日本気象資料』や「ハリス日本滞在記」をはじめ日記類のデータにより、文政11年(1828)のシーボルト台風、安政3年(1856)8月25・26日の安政江戸台風における台風の進路について検討しました。その手法は、台風の進路と風向の関係から、進路の東側(危険半円)では風向が時計回りで風速が強く、西側では反時計回りとなり風速は弱まり、その風向の移り変わりを日記等から確認することにより、台風の進路を推測するものです。また高潮を起こしやすい台風の進路を推定することもできます。このように日記に文字で記された天候や風向・風量の情報を、二次元・三次元に展開させることが可能となり、今後の歴史気候学にとって重要な素材と手法が提示されたのです。
平野 淳平 氏(帝京大学准教授)
3 渡辺浩一氏「1856年安政東日本台風の被害と江戸の対応」
安政3年(1856)の安政江戸台風は、暴風と高潮により江戸に大きな被害をもたらしました。この台風の被害を、江戸から関八州に広げ、各藩から上申された史料を電覧するならば、実は被害は決して江戸に限定されるものではなく、むしろ広域被害を生んだ「安政東日本台風」と呼ぶべきものです。また江戸では江戸湾沿岸から隅田川沿いの地域に、特に高潮・暴風の被害が甚大であり、「安政風聞集」等にもその惨状が描かれています。この台風被害を受けて、幕府は復興促進のために建築資材価格・職人人足賃銀の高騰取締りを強権的に行いました。一方、豪商はその財力により急速な復興を企てたが、庶民もまた横に連携して自ら復興を進めたことが明らかになりました。一連の災害史料は、災害の規模等とは別に、政治・生活という側面からの災害復興の姿を物語っています。
渡辺 浩一 氏(国文学研究資料館教授)
4 パネルディスカッション
江戸の災害を誘引した低湿地における土地改造、歴史上の台風進路の分析、災害の実態とその復興をめぐる幕府と民間の対応など、三氏の報告をめぐり様々な質問をいただきました。特定地域の発掘成果や発掘された瓦礫の分析について、気候学をめぐる海外との交流、台風の進路分析の意味、災害被害者数が台風と地震で異なる理由など、おのおのの質問をめぐり、司会の日高氏から報告者に回答が求められ、さかんな議論が交わされて、きわめて有意義なシンポジウムとなりました。
日高真吾氏(国立民族学博物館教授)の司会によるパネルディスカッションの様子
文責:人間文化研究機構理事・総合情報発信センター長
永村 眞
※本シンポジウムの講演の様子は、人間文化研究機構YouTubeチャンネルからご覧いただけます。