No.049 - 人文知コミュニケーターにインタビュー!河合佐知子(かわい さちこ)さん
女院の歴史から現代のジェンダーを考える
人間文化研究機構(以下、人文機構)は、人と人との共生、自然と人間の調和をめざし、さまざまな角度から人間文化を研究しています。人間文化の研究を深めるうえで、社会と研究現場とのやり取りを重ねていくことが何よりも重要だと考えています。
そこで人文機構では、一般の方々に向けたさまざまな研究交流イベントを開催しているほか、社会と研究者の「双方向コミュニケーション」を目指す人文知コミュニケーターの育成をおこなっています。
人文知コミュニケーターとはどのような人物か?どういった活動を展開しているのか?をシリーズにてお伝えしております。
第2回目は、2020年1月に史上6人目の人文知コミュニケーターとして、人間文化研究機構・国立歴史民俗博物館に着任された河合佐知子さんです。今回は、着任ほやほやの河合さんに、人文知コミュニケーターとしての意気込みや研修体験について語っていただきました。
女性史・ジェンダー史がご専門と伺いましたが、研究テーマについて教えてください。
皆さんは、「女院」(にょいん)という言葉を聞いたことがありますか。日本史の教科書では殆ど取り上げられず、あまり知られていないのではないかと思います。でも、「院政」というのは、日本史の授業で耳にしたことがあるのではないでしょうか。11世紀から13世紀の日本では、天皇がその位を降りた後も「院」として、政治・経済・宗教などの様々な面で影響力をもったと言われ、その時期は「院政期」と呼ばれたりもします。その院の代表格とも言える白河院や後鳥羽院などは皆、男性ですが、実は院の女性バージョンも存在したんです。それが「女院」です。
私は、この女院が多大な土地を所有していた平安後期〜鎌倉前期に、その所有権を使ってどんなパワーを得ていたのかを研究しています。え〜、女性がこの時代に荘園領主だったの?と思われるかもしれませんが、この時期の女院は、宣陽門院(せんようもんいん)のように11歳で100近くもの膨大な荘園を相続した人や、八条院のように200を超える荘園を日本列島各地に所有していた人もいました。私は、こういう中世前期女院の「パワー」の実態について研究しています。
多くの荘園を持っていたということから、女院は中世の大富豪だったとする見方もあります。しかし、ここで注意しなくてはならないのは、公的に認められている「権利」(オーソリティ)と、それを使って実際に人・モノを動かしたり、物事を成し遂げたりする「力」(パワー)の差異です。オーソリティとパワーは似ているけれど異なる場合があり、そのギャップに注目することで、女院や女院に仕える人々がどんな困難に直面したのか、物資や労働力を荘園から得るためにどんな策を講じたのかについて探ることができます。
また、そこからは当時のジェンダー差も覗えます。私は、女院は男の院に比べ制度的に不利になる場合があり、それが彼女らの荘園経営に多少なりとも影響したと考えています。そういう事象を分析することによって、ジェンダー格差が何世紀にも渡って続いている深刻な問題であることに気づかされます。なぜそのような不平等さが温存されてきたのでしょうか。解決法はあるのでしょうか。わたしは、歴史というのは現在の問題を正当化するものではなく、また未来を決めるものでもないと考えます。むしろ、過去の例から身近な事象を見つめ直し改善策を考えるためには、歴史から学ぶという歴史研究こそが重要であると思います。
そして最後にもう一つだけ述べたい点があります。それは、不利な立場に置かれつつも努力して生き抜いた女性たちがいたということです。平安・鎌倉期には、困難に直面することによって、よりよい方策を練り、強くなっていった女院もいました。そういった個々の女性の生き様を追いつつ、人文知コミュニケーターとして女院研究の成果を幅広く社会に伝え、過去の女性像から学べることを皆さんと一緒に探っていきたいと思います。
人文知コミュニケーターを目指されたのはどうしてですか?
国籍や人種、ジェンダー、宗教等の差により、人々の結束や協調が妨げられつつある傾向が世界各地で見られます。アメリカでは移民に対する姿勢が厳しくなり、日本と韓国の関係もギクシャクしています。最近のそういう世界状況を見て、お互いにコミュニケーションを取り、理解し合うことの大切さをひしひしと感じていた時、この人文知コミュニケーターの公募を見つけました。そこには、日本について英語で世界に向けて発信していくと同時に、社会にも分かりやすい形で伝えることを通して、色々な「知」や発想を共有していくという仕事内容が書いてありました。つまり、相手に一方的に教えるのではなく、共に学び高め合うことを目指すというのです。そこに共感し、大変興味をもちました。
私は多民族都市とも言えるロサンゼルスに20年以上住んでおり、歴史学の博士号を取った後は、アメリカの大学で日本史を教えていました。もしかしたら、その経験が人文知コミュニケーターという仕事に活かせるかもしれない、そして、その仕事を通して、日本と世界をつなぐことに少しでも貢献できるかもしれないと思いました。それで、応募してみよう!と決めました。
また、私は子供の頃から、日本のことを海外の人にもっと知ってほしい、そして、日本に興味を持ってもらうことで、仲良くなり、相手の文化や言語についても教えてもらえたらいいな、と思っていました。その気持ちが、紆余曲折を経た後、今の人文知コミュニケーターの仕事につながったことをとても嬉しく思っています。
この2月には、国立歴史民俗博物館で開催された人文知コミュニケーターのためのスキルアップ研修に参加されましたが、その感想をお聞かせください。
国立歴史民俗博物館の展示場にて参加型展示を体験
国立歴史民俗博物館(歴博)には、家族や友達と楽しめる子供向けの参加型展示があります。たとえば、「たいけん歴博」では、縄文土器の破片を考古学者になったつもりで組み立てたり、中世の食事を盛り付けたりするキットもあり、わくわく感の中で歴史を学べます。寺子屋「れきはく」では、自分の名前をくずし字でかく練習をしたり、出身地が前近代のどの「国」に当たるかを学んで、それもくずし字で書いてみたり、双六ゲームをしたり、算術をならったりしながら、江戸時代の文化を学べます。大人の私も色々やってみましたが、楽しかったですよ!
サイト:https://www.rekihaku.ac.jp/kids/outline/others/experience/index.html
それぞれの人文知コミュニケーターが歴博活用の企画を提案
今回の研修では、私を含めて三人の人文知コミュニケーター(総合地球環境学研究所の金セッピョルさんと国際日本文化研究センターの光平有希さん)が参加しました。他の人文知コミュニケーターの皆さんに会うのは初めてだったので、感激しました。金さんと光平さんは、歴博活用の企画提案において、ご自分の研究に引き付けつつ素晴らしい発想をシェアしてくれ、大変勉強になりました。たとえば、金さんは、日本と韓国の葬送儀礼を比較するための体験型プロジェクト案を立ち上げ、光平さんは音楽を通して五感に訴えるPRの大切さを具体例を挙げつつ説明していました。私は、歴博の展示において、女性・ジェンダーに関する要素をより多く盛り込むことの大切さと、多言語による発信の必要性を示しました。お互いにアイデアを出し合えただけでなく、人文知コミュニケーター間のネットワークも深められ、とても充実した一日でした。
最後に、人文知コミュニケーターとして研究や活動にどのように取り組みたいかお聞かせください。
現在は、歴博ホームページにおける企画展示予告や歴博カレンダーなどの英訳に携わり、海外への発信に努めています。これに加え、今年からリニューアルされる『歴史系総合誌「歴博」』の英訳やそのバックナンバーの英訳(HPで掲載)の修正にも取り組む予定です。
また、新たな研究テーマ、前近代日本温泉文化史の研究も進めていきたいです。いきなり女院から温泉?と思われるかもしれませんが、実は女院研究をしている際に、中世女院やその周辺の人々が沐浴をしたり、湯治をしたりしている史料に遭遇し、興味を持ち始めました。それに加え、もちろん私自身が温泉大好き!というのも動機の一つだったかもしれません。前近代日本の史料によると、皇族・貴族達が日常生活を営む建物の中に「御湯殿」と呼ばれる湯あみをする施設があったり、具注暦(ぐちゅうれき)と呼ばれる前近代カレンダーに「沐浴」をするのにラッキーな日という情報が含まれていたりと面白いです。昔の人にとってお風呂や入浴とは何を意味したのだろうと考えさせられます。
今は前近代女性と温泉に焦点を当てていますが、その枠にとらわれず、鉱泉や、風呂の文化など広い意味での日本人と水・湯の関係を探っていきたいです。また、この新テーマに女性史・ジェンダー史的視点を盛り込むことで、新たな課題の模索と検討に取り組んでいきたいと思います。
最後に、日本科学未来館(以下、未来館)とプロジェクトに取り組む可能性について、簡単に触れておきたいと思います。未来館の科学コミュニケーターと連携して何か発信しようよ!というお話をいただき、将来、未来館のジェンダーに関する企画に参加しつつ、私の研究成果をご紹介できる機会が持てそうです。どういう切り口で臨むかは未定ですが、がんばりますので、ぜひご期待ください。
(聞き手:堀田あゆみ)
河合佐知子さん
人間文化研究機構総合情報発信センター研究員(人文知コミュニケーター)
国立歴史民俗博物館 研究部 特任助教
2015年、南カリフォルニア大学歴史学科前近代日本史専攻博士後期課程及びジェンダー学プログラム修了〔博士(歴史)〕。ハーバード大学東アジア言語・文化学科カレッジ・フェロー、ハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所ポスドク研究員、南カリフォルニア大学歴史学部博士研究員等を経て2020年1月から現職。研究テーマは、平安・鎌倉期の女院、荘園経営、女性とジェンダー、前近代温泉文化史。